ども、kotaro(@kotaronline)です。
日ごろ、「ボーカロイドは曲を作るためのツールであって、キャラ的な部分には興味がない(キリッ)」というスタンスでいるわけですが、そこはそれ、歌詞を伴った歌声という非常にエモーショナルな部分を担当するパートを扱っているわけですから、キャラクター的な存在感をまったく感じないというわけではなかったりします(そういえばだいぶ前、KAITOの調声をしているとき、「お前、歌詞の意味わかってないだろ!」とパソコンのディスプレイに向かって怒鳴ったことがあったような……?)。
さて、ぼくがボーカロイドをいじり始めたのは、2006年にKAITOを購入してからです(使い勝手の悪さに、1年ほど放置していたという話もありますが、その話は割愛)。しばらくの間、「持っているボーカロイドはKAITOだけ」という状況が続いたので、歌もの作るときは必ずKAITOを使う、そういう状況でした。
で、歌声ですから、曲調によってやっぱり向き不向きがあるわけですよ。「そうは言っても、これしか持ってないし、どうしようもないよなあ」とあきらめていた時期もあったのですが、次第に所持するボーカロイドのライブラリーも増えて行き、作る曲によって、適材適所という感じで、ライブラリーを使い分けることもできるようになりました。
そうなると当然、KAITOの稼働率自体は下がっていくわけですが、逆に、「こういう曲にはやっぱりKAITOの声が合うよね」と、積極的な理由で選択することも増えてきました。言ってみれば、「主力として万能ではなかったけど、いい場面で使うと力を発揮する」そんな存在ですね。
こんな風に、うちの制作環境におけるKAITOの存在感を定義したわけですが、ある日、ふと思ったんです。「プロ野球選手に例えると、『レギュラーとして中塾を打つには物足りなかったけど、代打の切り札としてならものすごい存在感を発揮する』とか、そんな感じかな?」って。
で、こんな風に例えてみて思ったんです。「阪神タイガースに、よくそういう選手いるよなあ」ってね。
そんなわけですので、うちのKAITOはトラキチかもしれません。知らんけど。
現在の音楽活動については、こちらの記事にまとめております。ぜひご覧ください。感想いただいたり、有償で頒布している作品をお買い上げいただいたりすると、とても喜びます(笑)。
KAITOの話題だったので、KAITOを使った最初期の作品を。実は人に歌ってもらったバージョンもあって、タケカワユキヒデさんに絶賛されました(本当)
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